Shall We 断捨離?(卒業タイム)~夢見るアセンション第17話


bookshelf.jpg「要らないものを処分してすっきりした空間に住む」、これが永年の私の夢だったのだけれど、断捨離しはじめて思ったこと、それは「要る」も「要らない」もその人の「意識」しだいだ、ということ。

で、その意識が働く裏には、どういう「観念」を持っているか、が作用してくるんだけれど、たとえば私が生きていくうえで、いちばん身近にお伴してくれた「本」を例にとりますと…。

本は、私にとって、一言で言えば、「生き方探し、自分探し」のお伴役みたいな存在。
「自分に合っている職業は」、「これからどういった進路に進むのか」、「人間関係をスムーズにするには」、「そもそも自分ってなんだっけ」と、探るなかで手にした本から受け取るメッセージは、多大でした。

読みながら、たった一行、たった1つのフレーズにドキッ。よく意味がわからないまま、いつのまにか涙がぽろぽろ。「そうか、なるほど!」と目からウロコ状態で納得。かと思えば、パタッと時が止まったかのように、本を開いた途端に眠くなったり、大きなあくびが連続して出たり、爆睡状態に陥ったりと。

本は精神状態のバロメーター役にもなってくれました。充実感や高揚感があるときは、ワクワクと本を広げていられるけど、「なにをやってもだるい、かったるい」ときがあって、こういうときは「本なんか読んでいられない、読む気分にもならない」となる。

本は持ち運べるから、どこでもお伴してもらえます。混雑した通勤電車の中で吊革につかまりながらひと読み。ランチの後、一人で公園のベンチに腰掛けながらひと読み。それから、仕事の帰り道、カフェでお気に入りの一冊を広げ、自分の世界に浸るときなんか最高。
本の中の一節をノートに書き写しながら、未来を見据えて、次はこんなことしたいって、作戦を練ったりしてね。

私は本を読んで共鳴したところは、付箋紙を貼ったり、アンダーラインを引いたりと、ちょこまかマークします。時には日付を入れることも。10年ぐらい前に引いたアンダーラインのところを読み返すときもあって、そういうときは当時の自分を思い出します。「あの頃は、わかったようで、なんにもわかってなかった」とか、「それなりに頑張ってきたよね」とほめてあげたりとか。

そんなこんなの私と本との関係、おわかりいただけましたでしょうか。愛着があり、思い出もあり、人生を共に生きていた、という観念のある本。でも、手放さないといけない時期もあるんですね。卒業タイムというのかな。

今、多くの本に、「ありがとう、お世話になりました」と心を込めて手放しています。

前田アキコ


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